- 名前
- 村瀨 将之
- フローリスト歴(2026年4月時点)
- 16年
- ジャパンカップ出場回数
- 3回目
所属店舗情報
SHOP INFORMATION
- 店舗名
- 花のむらせ
- 住所
- 静岡県富士市瓜島町51
インタビュー
INTERVIEW
- 好きな花/理由
-
マトリカリア
修業時代、3日間朝から夜中までマトリカリアのみを担当するアレンジメントを地下の窓もない部屋でひたすらやっていて、辛かった印象が強いです。その経験があったからこそ今があるんだと、マトリカリアの香りや姿を感じるときに初心に戻り、がんばれます。花言葉も今の自分にすごくぴったりで好きです。【集う喜び】
- 普段のフラワーデザインの特徴やコンセプト
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草花をふんだんに使用した花束を得意としており、変わった花を仕入れるようにも意識しています。
オシャレで変わった花が沢山あり、好評いただいています。
- 花屋さんになろうと思ったきっかけ
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私は2代目花屋の次男として生まれました。4つ離れた兄と花屋を経営しています。
両親が兄弟で花屋をスタートしましたが、うまくいかず【兄弟では花屋をやらせれない!!】と次男の自分は小さい頃から言われていました。大学卒業後も、他業界(飲食業・介護職等)で働いていた就職し、過ごしていました。ある日、両親と兄が体調を悪くし、今後の不安もあり、父が自分に「兄を助けて、一緒にやってくれ!」と頼んできました。今まで自由に生きてきましたが、親孝行の気持ちも含め、花屋の道に進むことを決めました。
「花は私の人生に大きな出会いと転換を与えてくれた。」そう言っても過言ではないほど、私は花を通して多くの人と出会い、学び、経験し目標を持つことができました。
花を生業とし始めた頃は、まだ理想や目標、花という存在の大きさも知らなかったように思います。あるとき、業界トップクラスのフローリストと出会い、彼の個展を手伝うためにドイツに行きました。それが私の価値観を大きく変えました。見たこともないような大きな花のオブジェ、それを作る人、見る人、文化に根付いた花の存在、そして彼を通して出会えた素晴らしいフローリスト達。
花はただ売るものではなく創造し、人と人との絆をつくっていくもの、それがフローリストなのだと。そのときから花の向こうに贈る人、もらう人のイメージが見えるようになり、花がつないでくれた沢山の人の縁が私の人生をとても豊かにしてくれたのです。
- もし、お花屋さんでなかったら
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理学療法士
昔からスポーツをずっとやってきて、プロスポーツ選手のケアをやりたかったからです。
ジャパンカップについて
ABOUT JAPAN CUP
- フラワーデザインに興味を持ったきっかけ
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東京でのトップフローリストとの出逢い。海外へ行って作品に共に関われたこと。地元の同年代のフローリストとの出逢い。
【gram.】というチームでの活動もその1つで、新しいことにチャレンジする楽しさ、時には生み出す苦しささえ、充実したフローリストライフに欠かせないと感じています。全ての方のライフスタイルにおいて花が絆を強め、ご縁を繋ぎ、人生を豊かにしていく、そんな役割を担うことができれば幸いです。
- チャンピオンになったら初めにだれに伝えたい?
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両親・兄
- あなたにとってジャパンカップとは?
-
出逢いと成長
作品や商品
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